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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)438号 判決 1995年11月10日

上告人

林優

右法定代理人後見人

林要次

上告人

林要次

林信子

右三名訴訟代理人弁護士

神田靖司

大塚明

戎正晴

中村留美

被上告人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

安藤猪平次

内橋一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人神田靖司、同大塚明、同戎正晴、同中村留美の上告理由第二について

一 三薮茂男と被上告会社との間に締結されていた後記の自家用自動車保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)の第一章賠償責任条項八条三号には、被保険者が被保険自動車の使用等に起因してその配偶者の生命又は身体を害する交通事故を発生させて損害賠償責任を負担した場合においても、保険会社は、被保険者がその配偶者に対して右の責任を負担したことに基づく保険金の支払義務を免れる旨が定められているところ(以下、右の定めを「本件免責条項」という。)、本件免責条項にいう「配偶者」には、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者も含まれるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

(1)  本件免責条項が設けられた趣旨は、被保険者である夫婦の一方の過失に基づく交通事故により他の配偶者が損害を被った場合にも原則として被保険者の損害賠償責任は発生するが、一般に家庭生活を営んでいる夫婦間においては損害賠償請求権が行使されないのが通例であると考えられることなどに照らし、被保険者がその配偶者に対して右の損害賠償責任を負担したことに基づく保険金の支払については、保険会社が一律にその支払義務を免れるものとする取扱いをすることにあり、右の趣旨は、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者にも等しく妥当するものである。

(2)  本件約款の第一章賠償責任条項三条は、被保険自動車の使用等に起因する交通事故を発生させたことに基づき損害賠償責任を負担することによって被る損害について、保険によりてん補される責任主体としての被保険者の範囲を明らかにした最も基本的な定めである。そして、同条の一項二号(イ)には、被保険自動車を使用又は管理中の記名被保険者の配偶者が被保険者に含まれる旨が定められている。ところで、右の定めが設けられた趣旨は、一般に右の配偶者も被保険自動車を使用する頻度が高いと考えられるため、同人を当然に被保険者に含めることとして、前記の損害を保険によりてん補される被保険者の範囲を拡張しようとするところにある。この点では、法律上の配偶者と内縁の配偶者とを区別して別異に取り扱う必要性は認められないから、右三条一項二号(イ)にいう「配偶者」には、法律上の配偶者のみならず、内縁の配偶者を含むとすることにつき何らの支障も認められない。そして、同一の約款の同一の章において使用される同一の文言は、特段の事情のない限り、右の章を通じて統一的に整合性をもって解釈するのが合理的であるというべきところ、右三条一項二号(イ)と本件免責条項とは同一の約款における同一の章に設けられた定めであって、右各条項にいう「配偶者」の文言を異なる意義に解すべき特段の事情も認められない。

二  これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、三薮茂男は、その保有する普通乗用自動車につき、被上告会社との間で、被保険者を三薮、対人賠償責任保険の支払限度額を一人一億円、保険期間を昭和六三年一二月五日から平成元年一二月五日までとし、被保険者の負担する損害賠償責任が発生したときは損害賠償請求権者は被上告会社に対して損害賠償額の支払を直接請求することができることなどの約定の下に、本件約款が適用される自家用自動車保険契約を締結していたところ、平成元年六月九日、先行車両を避けようとして前記自動車を中央分離帯に衝突させ、これにより右自動車の助手席に同乗していた林由起子を死亡させる事故を発生させたが、右事故発生当時三薮と由起子とは内縁関係にあった、というのである。そうすると、被保険者である三薮が右事故に基づき亡由起子の共同相続人である上告人らに対して損害賠償責任を負担する場合であっても、保険会社である被上告会社は、本件免責条項により、上告人らに対する保険金の支払義務を免れるものというべきである。したがって、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人神田靖司、同大塚明、同戒正晴、同中村留美の上告理由

第一 原判決が、三薮茂男(以下「三薮」という)と亡林由紀子(以下「亡由紀子」という)の関係を「内縁の夫婦」であると認定したことは、現判決が認定した事実に基づいたとしてもなお、内縁には該当しない男女の関係をもって「内縁の夫婦」との違法な認定をなしたものであって、不当である。

一 原判決は、右三薮と亡由紀子の関係について、「三薮と由紀子は本件事故の約五年前から二人だけで同棲生活を送っていたこと」「同人らの生活は同人らが勤務先から得る収入全体で維持されていたこと」「右両名は本件事故当時いまだ婚姻届けをしていなかったが近々右届けをする意思を持っていたこと」「三薮は亡由紀子を自分の妻と認識しており、右事故時管轄警察署の取り調べにおいても由紀子のことを内縁の妻と称していること」「三薮は由紀子の父母と行き来があったこと」の各事実を認定し、右事実に基づいて三薮と亡由紀子の関係を「内縁の夫婦であった」と認定している。

さらに、「右両名の同棲生活が由紀子の実子である上告人林優を受け入れてはおらず、結婚式、披露宴によって社会に示されはおらず、同一世帯として住民票に登録されていないこと、右両名が同一の姓名を用いたことがなかったこと、由紀子の葬儀の喪主、葬儀費用が由紀子の実父である上告人林要次であったこと」の各事実も認定した上で、これら事実は三薮と亡由紀子が「内縁の夫婦」であったとの認定を覆すに足るものではないとしている。

二 しかしながら、内縁の夫婦とは、「社会生活上夫婦と認められる生活実体にあり、当事者も夫婦関係を形成する意思を有しているにもかかわらず、単に法律上の届けを欠いているがために法律上夫婦とは認められない関係」を意味するものであることは、法解釈上確立された定義である。

しかるに原判決が認定した、「右両名が事故当時婚姻届けをしていなかったが近々右届けをする意思を持ってた」との事実は、右両名自身がその関係をいまだ夫婦とは言えない関係にあることを意識していたことを示す事実であり、むしろ右両名の関係が内縁以前の婚約関係に過ぎないものであったことを示す事実と言うべきものである。また、「同人らの生活は同人らが勤務先から得る収入全体で維持されていた」との事実は、両名がそれぞれ自己の生活費を自分で支弁しており、夫にも十分な収入がある場合には、夫婦としてはむしろ稀なる事実を示すものであり、また「三薮は亡由紀子を自分の妻と認識しており、右事故時管轄警察署の取り調べにおいても由紀子のことを内縁の妻と称していた」との事実は単に、三薮の主観を示す事実に過ぎず、さらに「三薮は由紀子の父母と行き来があった」との事実は親しい男女の関係においては通常見られるところであって、右諸事実はいずれも格別に右両名の関係を「内縁の夫婦」と認定する根拠とすべき事実とはいえないものである。とすれば、原判決認定事実の内、右両名が夫婦としての実体を持っていた言えるべき事実としては、ただ両名の同棲生活の事実があるのみである。

確かに、男女の同棲生活は、両名の関係が内縁といえるものであるか否かを判断するにおいて、一指標たるべき事実ではあるが、しかしながら、各自重婚的関係にはなく同棲生活を送っている男女の関係すべてを、内縁の夫婦と認定することはできないものであって、そこにさらに夫婦とみなすにふさわしい社会的実体が付加されて、初めて内縁の夫婦であるとの認定がなされるべきである。原判決が内縁との認定を覆すにたりるものではないとしている諸事実こそは、すべて、男女の関係を夫婦とみなすべきか否かにおいて、重要な指標となるべき事実である。そして、右事実のそれぞれは、単独にては内縁たる関係を否定すべき決定的理由とはなりえないかもしれないが、それら事実を総合して考慮するならば、右両名の関係は到底社会的事実としての夫婦関係にはなかったものといわざるを得ない。よって、右各事実を認定しながら、なお右両名の関係を内縁とした原判決は法解釈を誤ったものであって不当である。

第二 原判決が自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という)一章八条の「配偶者」に「内縁の配偶者」を含むとの判断をしたことは、明らかに約款の解釈を誤るものであって、違法である。

一 原判決は、「本件約款一章三条に規定される『配偶者』に内縁関係上の配偶者をも含むものと解するのが相当である」とした上で、「同一約款の同一用語は約款全体を通じて整合性をもって統一的に解釈することが合理的であるから、約款一章八条の規定する配偶者にも同様に解釈するのが相当である」として同条の「配偶者」には内縁関係にあるものをも含むとの判断をしている。

しかし、同一約款の用語は約款全体を通じて整合性をもって統一的に解釈することが合理的であるとの判断は、その用語を整合性をもって判断しても、規定の解釈として不合理ではないとの根拠があって初めて、整合性をもって解釈することが可能となると言うべきである。本件約款の解釈は保険会社によって一方的になされざるを得ない実状からみれば、本件約款一章三条が、保険会社の責任を拡張すべき規定であるのに対し、一章八条が保険会社の責任を免責すべき規定であるとの事実を無視することはできず、同一文言についての解釈の整合性、統一性を理由に八条の規定する配偶者についても内縁関係上の配偶者を含めて解釈すべきとすることに合理性があるとすることはできない。「配偶者」の語が常に内縁を含むものであるか否か問題にされざるを得ない語であることを考えてみれば、それを約款上明確にしていないことに基づく不利益は、約款作成者たる保険会社にあるというべきである。約款解釈として確立された原則である、作成者不利の原則、免責規定における類推(拡張)解釈禁止の原則からするならば、三条に規定する配偶者の場合には内縁関係上の配偶者を含むとの解釈が取られているとしても、八条の規定する配偶者にはこれを含まないとすることこそ合理的であると言わざるを得ない。

二 また、原判決は「本件約款八条の規定の趣旨は、夫婦という密接な関係にある生活共同体の中では、加害者、被害者という観念を入れることは倫理的にも好ましく、馴れ合いによるモラルリスクを誘発しやすいことから免責として取り扱うことにしたものである」という。

しかし、民法において夫婦の財産制は別産制とされている以上、夫婦間の交通事故において加害者、被害者の観念が生じることはやむを得ないことであり、それを倫理的に好ましくないとすることは、夫婦別産制を無視した独断的かつ一方的意見である。また馴れ合いによるモラルリスクを誘発するとの主張はなんら根拠のない断定であり、故意事故については別に規定が設けられていることを無視した意見である。右のとおり配偶者間の事故について保険会社を免責するとの約款八条の規定は、格別根拠のあるものとはいえず、そのような規定に対し、作成者不利の原則等の約款解釈の原則を無視して、内縁の配偶者にまでその適用を拡張することは不当である。

原判決は、「民法において財産的効果に関する規定ではむしろ内縁関係上の配偶者にも準用されているといえる」と言い、「本件八条も財産的効果に関する規定であるから内縁上の配偶者も含めても、民法の建前から当を得ないものと言うことにはならない」というが、民法の態度は相続に関する解釈から伺われるとおり、必ずしも身分に関する規定と財産に関する規定とでその態度を分けているということはできない。むしろ民法解釈は、公益に反しない限りにおいて、内縁の配偶者に有利な方向での拡張を認めているとはいえても、不利な方向での拡張は認めていないと言うべく、原判決の右判断は根拠に基づかないものである。

さらに原判決は、「内縁関係上の配偶者が三条の規定する配偶者には該当するが、八条に規定する配偶者には該当しないと解すると、法律上の配偶者は三条の被保険者として保護される代わりに八条の免責の対象者とされるのに引き換え、内縁関係上の配偶者は三条の被保険者として保護される上に八条の免責の対象者から除外されて二重に保護されると結果となり法律上の配偶者よりも有利に扱われるとく不公平不合理な結果を招来することになりかねない」というが、右結果は約款に「配偶者」の語が用いられたことによって、たまたまもたらされた結果であって、それにより不利益を受けるのは作成者たる保険会社であるに過ぎない。保険契約は私的契約であって公益に関する規定ではないのであるから、たまたま内縁の配偶者が法律上の配偶者よりも有利に扱われる結果となったとしても右不公平をもって、不合理と断ずるには当たらない。

三 今日においては、法律婚の意識は広く普及している。内縁関係はかつてのように、慣習上の事実婚主義と法律婚制度とに齟齬があって生じているものではない。「内縁」は届け出をしないまま夫婦の関係を形成しようとする者によって意識的に選択せられた結果としてもたらされるものである。内縁の関係にある者は、届け出を欠くために法律的には夫婦として認められないことの不利益等を予測した上で、なお「内縁関係」を選択しているものであって、夫婦として扱われないことの不利益を課せられることも、場合によってはやむを得ないものと考えられる。しかしあえて内縁関係を選択しているものにとって、届け出がないのに勝手に夫婦として扱われ、不利益を受けることは予測の外にある。契約関係において、予測しない不利益を不意打ち的に課することは不当であり、この点からも本件約款一章八条「配偶者」には内縁を含まないとして解釈すべきである。原判決には右の点において約款の解釈を誤った違法が存する。

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